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コンサルタントコラム

2016年6月15日

◆ 過去にとらわれていないか ◆


先週末、弊社が主催するリーダーシップ研修「パラゴン研修」が開催された。

パラゴン研修では、様々な企業(業種も様々である)の人間が集い、それぞれが上司・同僚・部下から評価された資料(360度サーベイ)を持ち寄って、自身が成長するためのアクションプランを練る。
そんな研修に、失礼ながら稀に「変わり種」が送り出されることがある。
今回は、私がファシリテータを勤めた過去に開催されたパラゴン研修から、とても印象深かった思い出の一場面を記してみたい。

「俺、もう会社辞めるつもりですから」
研修が始まってすぐ、秋田さん(仮名)はふてくされたようにそう言った。
すでに辞表も出してきたと言う彼は「どうせ必要ない自分が、なぜここに来ているのか分からない」とものすごく後ろ向きだった。

秋田さんはA社(小売業)に入社以来、A社の基幹店とされる店に勤め、副店長を任されるまでになっていた。
しかし、約1年前、その真逆にあたる店舗への異動を命じられたのだ。
店長としての異動であり、もちろん会社は秋田さんに店舗業績のV字回復を期待してのことであるが、本人は「左遷」としか思えなかったらしい。
その店舗は「会社から期待されていない店」と思われていたからだ。

「ずっと会社に貢献してきた自分に対する裏切りだ」

秋田さんはそう思い込み、会社に期待することを止め、周囲と距離をとっていく。

時には上司に暴言を吐くこともあった。

その負の影響が周囲に広がっていることは、コメントからも散見された。
・周囲と距離をとっている。
・完全に諦めている。甘えていると言ってもいい。
・こっちまでモチベーションが下がる。

「皆さん、本当は秋田さんと仕事したいんじゃないですか?」
「このまま辞めちゃっていいんですか?」

辞めたいなら、当の昔に辞めているだろう。
今この場にだっていないはずだ。
本当は秋田さんは辞めたくないんじゃないのか?
秋田さんは一体何を思っているのだろうか?
研修に送り出されるには訳がある。
秋田さんも会社から期待されているはずだ。

秋田さんの真意を探りながら、固く閉ざした胸の内を引き出そうと、他の参加者は一生懸命、秋田さんに言葉を投げかけた。

しかし、頑として聞く耳を持とうとしない秋田さん。
周囲も次第にそんな彼の態度に、いら立ちと居心地の悪さを感じ始める。
そんな時、秋田さんと同じ会社から参加していた岩城さん(仮名)が口を開いた。

「こんなこと言ってはいけないかもしれませんが・・・、このコメントはたぶん、上司の美濃さん(仮名)のものじゃないですか?」
秋田さんはじめ、参加者全員がそのコメントに目を向けた。

・この店を任せられるのは、秋田さんしかいません。やってくれると期待しています。
・独学で、自力で積み重ねてきたキャリアは強みである一方、一人で積み上げさせてしまったことは当時の上司の至らなさだったと思っています。しかし過去は変えられません。若手を育てるためにも持っている知識やノウハウを継承してほしい。

「美濃さんも、悪いと思っているんじゃないかな…」

岩城さんの言葉に秋田さんはうなだれ、肩を震わせた。

そう思っているなら、分かるまで言ってほしかった悔しさ。
周りは自分を必要としてくれていたのに、それに気づかず一人ふてくされていたことへの後悔。

憎まれたり疎まれても仕方ないことをしてきたにもかかわらず、まだ信じてくれる人がいる。

いっそ「馬鹿野郎!」と殴られる方がどんなに楽か・・・。
色んなものがないまぜになって込み上げてきた。

しばらくの間、その場にいた全員が涙を流す秋田さんを見守っていた。
誰も何も言葉を発しなかったが、決して嫌な静けさではなかった。

「俺・・、辞表を取り下げます」

絶望し諦めかけていた秋田さんの心に再び火がともった瞬間、他の参加者は拍手を送った。

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先にも記しましたとおり、今回お送りした記事は実際の研修であった一場面。
360度サーベイは、一見すると単なる分析ツールかもしれない。
しかし、使い方次第では非常に大きな力を発揮する。
本来であれば直接伝えた方が良いことでも、いざ口に出そうとすると言いにくいことは少なくない。
改まって文字に起こすことで、評価者自身もまた対象者と共に過去を振り返る。
その時初めて心を揺り動かす「何か」が生まれる。

私が思うに、360度サーベイは評価ツールではない。
上司・同僚・部下からの「ラブレター」である。

株式会社フェイス総合研究所 上席執行役員 針生 英貴